山口義行の“コレが言いたい”

第24回 残業ゼロで会社を強くする!

働きすぎといわれる日本人にとって、残業をなくし、自由な時間を得ることは、「夢のまた夢」と思われてきた。

残業ゼロで会社が強くなる!?

しかし、最近は"残業ゼロ"に取り組む企業が登場し、今や不可能でないどころか、それが会社を強くすることに繋がっている。

「コレが言いたい」の第24回は、どうすれば残業をなくし、会社にプラス効果をもたらすことができるのか、成功例を検証し、実践から学びたいと思う。

常態化する残業

図表1、2、3は全国3000人のサラリーマンを対象に行ったアンケート調査を集計したものである。図表1によれば、月間50時間以上の残業を行っている人が21.3%にまで上ることがわかる。

(図表1)労働時間の実態

また、図表2をみると、4割以上の人が「一日の仕事でぐったりと疲れて退社後は何もやる気になれない」と感じていることが分かる。

(図表2)一日の仕事でぐったりと疲れて退社後は何もやる気にならない

さらに、図表3からは「今のような調子で仕事や生活を続けていたら健康を害するのではないか」という不安を抱えている人が6割近くに上り、長期労働によってかなり疲労を溜め込んでいるという、日本の労働実態が明らかになった。

(図表3)今のような調子で仕事や生活を続けたら健康を害すのではないか

このように、今や残業は常態化し、当たり前のものとなっている。本当に残業は必要かという考えは別にして、「サラリーマンたるもの残業して当たり前」という考え方が、日本の企業文化になっているのは事実。その結果として、日本の労働時間は世界的に見て非常に長くなっている。所定外労働時間を含めて比較してみると、日本の労働者はドイツに比べて数ヶ月も多く働いている計算になる。

しかし、長時間労働に依存する会社経営は、さまざまな問題を引き起こす。図表4を見てほしい。

図表4

@残業を続けることによって企業のランニングコスト、とくに人件費が上がる。他方、社員のほうは、残業が増えることによって労働時間ばかりが長くなり、疲弊してしまう。その結果、A生産性の低下を引き起こす。すると、それゆえまた残業せざるを得なくなるという悪循環を招くことになる。ちなみに、日本企業の生産性は高いというイメージがあるが、実際にはOECDの平均よりも低く、先進国の中でも最低ラインに近い水準である。このような悪循環を繰り返しているうちに、B従業員の創造力が低下し、企業の競争力の減退・業績の低迷といった事態にまで至る。

たしかに、残業による長時間労働で、日本企業の多くが今日の成長を達成したという事実は否定できない。しかし、今や、より労働コストの安い中国などの新興国が成長し、日本の労働者がどんなに長時間労働やサービス残業を行っても、日本企業は労働の量で新興国企業と競争しても勝ち抜くことは出来ない。今の日本に求められているものは、労働時間での競争ではなく、新しいアイデアなど、新たな付加価値を創造して、国際競争に打ち勝つことである。残業による長時間労働に依存した企業では、そんな競争に勝ち抜くことは出来ない。

残業ゼロを実現した企業

では、残業をなくすために、企業はどのような取り組みをすればいいのだろうか。

東京・大田区に、実際残業ゼロを実現させた企業がある。真空発生器などを製造する竃ュ徳。この会社では「全社員定時退社」が原則である。4年前、社長のトップダウンで残業を減らす取り組みが始まり、現在一人当たりの平均残業時間は年間でおよそ20時間。実質残業ゼロを実現している。

内藤邦彦副社長は次のように話す。

「私どもの会社も、以前は遅くまで残っている人がたくさんいた。しかし、会社の仕事が終わって、家に帰って、食事をして、そのまま寝て、次の日また会社に出てくるという、いわゆる会社人間のような生活をしていて本当にいいアイデアというものは出てくるのか。また、長時間作業することによって本当に生産性の高い仕事が出来るのかという疑問があった。」

この会社では、残業をゼロにするため、業務の効率化を進めた。まず、データをすべて共有化。資料は個人で持たずに共通の棚にファイルする。そのファイルも棚ごとに入れるものが決められていて、どこに何があるか分かるようになっている。そして基本的にコピーは禁止。書類が増えることで生じる探す手間を省き、効率を上げた。パソコンに保存されているデータも同じように共通のサーバに保存し、社員全員が見られるようになっている。また、労働時間の短縮につながるものには、会社側も積極的に投資。受注や発注のプロセスを電子化するためのシステムを導入したり、人手不足の部署には人員を補充した。

各部署で最後に会社を出る社員には、退社メールをすべての社員に送信することが義務付けられている。これによって、ほかの部署より早く退社しようという競争意識が生まれた。

残業ゼロが定着した背景には、人事評価をする上での価値観の見直しもある。「夜遅くまで働くのがよい社員」ではなく、「自分の仕事を時間内に終わらせて早く帰る社員が能力のある社員」と評価の方向性を変えた。これとともに社員の意識も変化した。社員の多くは「優先順位をつけて頭で考えて実行するようになった」「今までいかに無駄が多かったかを実感する」などと話す。

内藤邦彦副社長は「仕事を省略して、定時に帰れるようにしたのではない。もしそんなことをしたらお客様は離れていってしまう。離れれば業績は当然落ちてしまうが、ここ4、5年ジャスダック上場してから右肩上がりで業績は上がっている。時間を短くしても、サービスの質を落とさず量もこなせたことが一番の効果だと思っている」と語る。

残業ゼロを実現する上で、必要なことをあげれば、以下の三つを指摘できる。

  1. 手取り額の維持

    まず、社員の手取り額を維持することである。残業代でやっと生活できているという現状を放置し、そのまま残業をなくしてしまったら、所得は減り、従業員からは生活のために「残業させてくれ」という要求が起きる。まずは、残業をなくしても十分な手取り額を維持できるような賃金環境を作らなければならない。

  2. 効率化に投資

    次は、効率化の実現のために、会社が積極的に投資することである。ただ「残業をするな」と従業員のお尻をたたくだけではなく、必要なところにはきちんと投資をして、業務の効率化をすすめていくことが必要である。

  3. 社員の意識改革

    最後に、最も重要なのは社員の意識改革である。遅くまで仕事をする人が優秀な社員なのだというのではなくて、残業をしている社員は無能、優秀な社員はきちんと定時で帰るのだ、という評価のあり方を会社で徹底させていくことが重要である。

(株)妙徳は、残業をなくすと同時に業務の効率化を実現させた。労働時間を短縮させても仕事の内容は減らさず、結果的に業績を延ばしていった。いわば、残業をしないと決めたことで会社全体が強くなっていったのである。同様のことは、会社だけでなく個人の生き方にも見られることである。

通信販売雑誌の「通販生活」を発行するカタログハウス。この会社で新商品の企画を担当する吉川美樹さんは、今年で入社14年目。10年前に子供を生んでからは残業をせず、17時30分の定時退社を基本としている。この「残業ゼロ」を実践して以降、業績が飛躍的に伸び、2001年から7年連続で売上トップという業績をあげている。そんな「残業ゼロ」のヒットメーカーに取材した。

山口:
企画担当者としてずっとトップの売上ですが、これはむしろ定時に帰るようになってからだと。成果が下がるなと思いませんでしたか?
吉川さん:
思いました。最初は回らないし、リズムは掴めないし、見当違いなことをしたりしていました。ですが、人間追い込まれると知恵を使います。全部効率的にやろうと考えるようになりました。大事な子供を守って生活をまわすために仕事をする、と優先順位をはっきりさせた瞬間から、頭を使うようになって、精度が上がっていくようになりました。
山口:
仕事を効率化させるために、どんなことに気をつけるようになりましたか。
吉川さん:
基本的にはすべて急ぐ。すごくシンプルなことです。みんな、お尻がないから、時間があると思ってゆっくりなんです。
山口:
定時に帰ることによって、商品開発にプラスになっているというのは、どういう理屈で?
吉川さん:
自分が生活を回す主役、主体者になった。そのことで、今までは考えなくてよかった社会とのつながり――たとえば、幼稚園など、子供を通した社会とのつながり、近所づきあいの社会とか、いろいろな社会と関わる時間が増えたんです。同世代のお母さんたちとの交流はとても生活感に溢れていて、会社のデスクにいては得られない感覚です。たわいのない会話から、中高年の悩みや、女性の悩みを日常的に体験できます。意識して記憶するのではなく、当たり前に入っている情報なので、知らず知らずのうちに、ミルフィーユのように記憶にたまっていくんです。それが私の財産。会社の商談中に、そのミルフィーユの中からぽっとヒントが一つ浮上してくるんです。

吉川さんが開発した商品は、日常の不満や悩みから生まれたものがほとんどである。「フルーツ&ベジタブルリップ」もそのひとつ。一月の寒い時期に出産した吉川さん。冬に生まれた赤ちゃんだったため、赤ちゃんの唇が荒れてしまうことがしばしばあったという。そんな時、何か塗ってあげたいと思い市場を見渡したが、化学成分や石油成分が入った商品しか見当たらなかった。100%天然成分で出来たものはないか。こういった悩みをずっと抱えていて、メーカーと商談をした時に、「食用成分だけで作られたリップクリームを」という企画が浮かび、このヒット商品が生まれた。子育てを経験した母親ならではの発想である。

山口:
周りの目もあるし、遅くまでやっている人にアドバイスはありますか。
吉川さん:
そのサイクルを断ち切りたければ、まず、帰ることから始めないと断ち切れない。 今のリズムで成果を挙げたとしても、今のリズムだから成果が上がったと思い込んでしまう。定時までに終わらない仕事はどれぐらいなのか、すごく急いでみたらここまでは出来たとか、出来たこと、出来なかったことがわかる。

彼女の定時退社のポイントは次の二つである。

  1. 基本的にすべて急ぐ!

    そのために大切なのは終わりの時間をしっかりと設定することである。 終わりの時間をしっかりと設定することによって、その時間までに何をすればいいのかがわかり、急ぐようになる。そうすればおのずと生産性は上がってくる。

  2. 会社では得られない生活感

    彼女は、17時30分以降の生活があることによって、会社にいるときには生まれなかったであろう発想や感覚が持てた。残業をしないことが、商品開発のヒントにつながったのである。今、日本の市場はますます生活密着型になりつつある。企業にも生活者としての感性や市民的感覚が求められている。そんな時代だからこそ、残業ゼロは業績の向上にも貢献する。

一方で、吉川さんは「新入社員が定時にさっさと帰ってしまうのはおかしい。最初の3年くらいは修行期間だと思って、仕事の能力を身に着けることを最優先すべき」とも話す。問題なのは、何年も会社に勤め、すでに自分で時間をコントロールすべき段階になったにも関わらず、とりとめなく残業を続けていることである。だらだらと残業をしているほうが、社員にとっては楽なのだ、と吉川さんは言う。冒頭で紹介した竃ュ徳も、採用の段階では、「残業なし」を「売り」にしないという。なぜならば、そんなことをして採用を行えば、それを目当てに「楽をしたい」人ばかりが応募してきてしまうからである。実は残業しないことのほうが大変なのである。

「コレが言いたい」――"引き算の効用"に着目せよ――

人間は目を閉じると、だんだん耳が冴えてきて、今まで聞こえなかった音や、感じなかった空気を感じるようになる。このように、何かを"引く"と"プラス"の効果が生まれてくる。これを私は"引き算の効用"と呼んでいる。会社もそれと同様。残業しないと決めたことで会社全体が強くなる。つまり、「残業ゼロ」という引き算をしたことで、商品開発の新しいアイデアが生まれたり、生産性があがるなど、プラスの効果が生まれる。今、企業はこの"引き算の効用"に目を向ける必要がある。人生も50歳代にもなると、成熟期にはいる。この時期に至っても、それまでと同様の調子で何でもかんでもやっているとすべて中途半端になってしまう。だからきちんと「引き算」をしなければならない。日本の経済も成熟期に入っている。引くべきところは引くという「引き算」をきちんとしないと、いい会社もいい個人の生活も手に入らないのではないだろうか。

(2008/8/28 執筆)

上記は、2008年08月16日に放映された「こちら経済編集長」(BSジャパン)というTV番組の中の「編集長のコレが言いたい」というコーナーで、私自身が主張した見解を基礎にしている。しかし、その際の内容を訂正したり、それに新たな情報を付け加えたりした部分もあり、けっして番組での発言をそのまま文章化したものではないことを留意されたい。

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